顔。「人形の苦手な方は、今日は本当にご注意ください。」
里山の人形師 coconooです。
こんにちは。
写真はアフリカの、多分バン族の仮面です。
仕事でパリに行った時、蚤の市みたいなところで買い求めました。
一木彫りで、塗装は土と樹液をして混ぜたものの様で、彫る刃物も彫り跡が今のものではありません。わたしの目に狂いがなければ本物。他にも2つ買いました。
洗面所に飾ってます。
(この手のお面は、偽物が一杯出回っています。ちゃんとしたアンティーク屋でも偽物だったりする。)
祭礼や儀式で使われていたものでしょうね。
わたしなどは、この造形の見事さに声もない。
プリミティブなエネルギーの表現とは、こういう事を言うんだろうなぁ〜と。
これ以上の何を求めて、わたしはモノと向き合うんだろう……と、落ち込むのですが、暫くするとまた手を動かしている。
わたしが作る人形を、他の人が見て、
「あぁ、少女がただただ小さくなったようだ。」と、感じさせたい。
その為には、リアルに作ればいいと言う訳ではなく、小さくしたなりの強調や単純化が必要になります。
そこが凄く難しい。
ここからは、人形が苦手な方は読まずにいてください。お願いします。
たとえば、一作目(ブログトップの人形)の眉。
筆で描いただけでは、綺麗過ぎる。
粘土を生乾きの状況で、引っかいたり、少しでこぼこにしてみたり…。
それでも納得できなくて、結局、自分のうなじの産毛を抜いて、何本か植え付けています。
(苦手な方でなくとも、ゾッとするのかしら? でも毛髪は人毛を使うことも多いんですよ。)
顔にしても、胸にしても、お尻にしても、完全に左右対称には作らない。
まぁ、わたしには技術的に作れないということもあるのですが、あまり対象性を意識すると、胸なんかマネキンのようになってしまう。
柔らかさというのは、均整から少しだけずれたところにあるのかもしれません。
それから、爪や歯。お臍や乳首や性器…
いくらでも、リアルにはできるのですが、そうしたいのではなく、その部分部分の特別な柔らかさとか、肌とは違う堅さとかをシンボリックに表現したいのです。
そのとき、一作目でどうしても作れなかったのが「お尻の〇」。(笑)
なぜか?「そこまでは、いいんじゃないか?」の声。わたしの中で手が止まってしまいました…。
人形は今、どんどん詰めの段階に入っています。
日々、こんな「しょーもない事」に悩む毎日です。
無理やり、下品な話をしたいのではありませんが、共感はなかなか得られないかも知れないことでしょうね。(笑)
気分を悪くされた方、すみません。
今日も、来ていただいて、ありがとうございます。