coconoo doll

素敵な大人になりたいものだ。 coconoo doll は、球体関節人形の制作日記です。あと、ガーデニング DIY エンタメも少し。

「ゲゲゲの鬼太郎」に見る死生観と北野武。

里山の人形師  coconooです。

こんにちは。

 

水木しげる ゲゲゲの日めくり 2017 ([カレンダー])

昨日に引き続き、昭和アニメのお話です。

これも生放送ではなく、再々々放送くらいで、しかもカラー版を観たクチですが…。

 内容はあまり覚えていないのですが

これも主題歌の唄だけは、ハッキリ覚えています。

 

ゲッ ゲッ ゲゲゲのゲ~で始まる有名な唄ですが

これまた、歌詞は書けないので

わたしの意訳で。

 

お化けは楽しい、朝起きなくても好いし、学校もなければ試験も何にもない。

お化けは楽しい、夜は遅くまで遊んで好いし、そもそも死なないし、病気もない。

 

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 作詞は水木しげる先生ご本人です。

さすが、生きているうちから「妖怪」だった先生の唄だと思います。(笑)

陰惨な戦争体験が、彼のすべての作品の根っこになっているといわれています。

 

わたしたち日本人の多くが、特別な宗教を持たず、しかし高い倫理観を持った国というのは、国際的に見ても非常に珍しい。

 

そんな国で、若者(未熟)たちから「どうして死んではいけないの?」という問いが立てられる。

本来これは「問い」としての体をなしていない。

生者が生者に問うても、そもそも答えなどないからだ。

(宗教があれば「禁止」されているといえるけれども…。)

 

 水木先生が言うように、「お化け=死」は楽しい福音なのだと、「わずらわしさ、決まりごと、生きてゆくこと自体の、病気のつらさ=生」の終わりを示すものだと、受け入れてもいいのではないかと思う。

生の対極として死が怖いもの、わからないから禁忌するもの、というのではなく、「旅は憂いもの辛いもの」というように、生こそがそもそも耐えるものであり、死はその先に用意された安息なのだと考えてみる。

 

「ひとが死を恐れるのは、二度と死ねないからだ。」

これは、たしか哲学者 岡庭昇の言葉。

 

わたしは、まだまだそこまでの思考の深さはないけれど、

「どうして死んではいけないの?」ではなく

「運命で死が自然に訪れるまで、死んではならないのだ。」があたりまえなのだ。

自殺しようとするものに、「世の中楽しいことがある、捨てたものではない。」

生の事実がそうであったとしても、生の側からでは、それでは死は止められない。

 

以前、北野武さんについて触れました。

わたしは彼の映画の特別なファンではないけれど、

生のあり方を企業以上に企業化・組織化した暴力団の暴力に仮託、象徴として描き、その対極として死を救済として描いているような気がします。

彼のすべての映画の「テーマ」はそこにある。と思って観ると、違う映画に見えると思います。

 

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 また、思いつつくまま勝手なことを書きました。

 

 

今日も、来てくださって、ありがとうございます。