わたしのちょっと変わった乗り物遍歴。2-1【冒険前編】
里山の人形師 coconooです。
こんにちは。
今日は以前、ご披露させていただいた
自転車での旅のお話です。
わたしはかなり早い時期に大学受験に失敗し、ヒマになりました。
親が国公立一校しか、受けさせてくれず、みんなが私立は併願や受験に忙しい時期に既に、浪人が決定していました。
その浪人も、父親ははじめ許してくれず、土下座してお願いし赦しを請いました。(笑)
たぶん自分の職業につながる工学系にやりたかったようですが、わたしはまったく畑違いの分野へ…。
で、わたしはせっかく時間がいっぱいあるのだから、
「ちょっくら、旅にでも出るか?」と、
自転車にタイヤの予備と、寝袋をくくりつけ、大阪から四国一周の旅に出たのでした。
大阪南港からフェリーで徳島にわたり、一路室戸岬へ。
時計の周りに一周しました。
途中、お米を炊いたのだが、塩がない。
近くの民家に「お塩、分けてください~。」というと、おばあちゃんがお昼のおかずを、見ず知らずの子供を居間にあげて、ご馳走してくれたり。
高知から足摺岬、宿毛へ走っている夜中、足が疲労でひとこぎもできなくなり、街灯もない国道の真ん中で倒れていると、通りかかったザボン?をいっぱい積んだ農家のおじさんが軽自動車で通りかかり、自転車といっしょにフェリー乗り場まで乗せてってくれたり。
ちなみに、疲労の極限を超えると、人は簡単に幻覚を見ます。
この時も、暗い車も通らない夜中の道を走っていると、ガードレールから顔を半分覗かせてこちらを睨むおじさんとか、道に覆い被さるように生えた大木の枝から、ぶらぶら揺れる縊死死体とか…^_^。
わたしは、目の前にぶら下がった足にぶつからないように、道の端に避けて走り続けました。
フェリー乗り場まで送ってくれたおじさんからは、両手で抱えきれないザボンをもらい、でも困ってしまい、わたしと同じようにフェリー乗り場で一晩を過ごす人たちに、そのザボンを分けて回ったり。
ここまで書いて、きっと読者のおじ様方は「おいおい女の子が一人で大丈夫かい?」とご心配をかけているか?と思います。
もちろん襲われた時のベルや痴漢スプレー対策。夜寝るときは、フェリーや高速バスの発着場。
(深夜営業のレストランや喫茶店より、色んな他人の目があり、よほど安全なようです。)
なんとか、怖い目には会わずに済みました。
そうやって、たくさんの見知らぬ人に助けられながら、
旅も5日目の夜。
わたしは道後温泉の気持ちのいい湯に浸かりながら、
「あぁ、あとフェリーのお金を除いたら、400円しかないやぁ~。」
と、残り350km先の距離の我が家を思いながら、
「まぁ、倒れるまで走るか?」と、ぼんやり決意しておりました。
長くなるので初の【前編・後編】です。
今日も、来てくださって、ありがとうございます。